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東京家庭裁判所 昭和39年(家)8223号 審判 1965年4月20日

申立人 田村雪(仮名) 外五名

相手方 田村志乃(仮名)

右法定代理人後見人 本山良男(仮名)

相手方 野口強(仮名)

被相続人 田村寿(仮名)

主文

一、被相続人田村寿の遺産たる別紙第一目録に記載の土地、家屋、普通預金、定期預金の所有権および電話加入権はこれをすべて相手方田村志乃の単独取得とする。

二、相手方志乃は、前項に記載のとおり遺産を取得する代償として、(イ)申立人田村雪に対し金七三万九、〇〇〇円、(ロ)申立人田村花子、同田村一男、同田村昭男、同田村弘、同川村昌子に対し各自金二九万五、六〇〇円、(ハ)相手方野口強に対し金二二一万七、二〇〇円をそれぞれ支払え。

三、審判費用のうち別紙第二目録に記載の鑑定料にかぎり、申立人田村雪が一八分の一、申立人田村花子、同田村一男、同田村昭男、同田村弘、同川村昌子が各自四五分の一、相手方田村志乃が一八分の一二、相手方野口強が一八分の三の割合によつて負担するものとし、その余は各自平等の割合による負担とする。

理由

(申立の要旨)

被相続人田村寿が昭和三八年三月二八日に死亡したため相続が開始したが、その相続人は右被相続人の弟である田村清、妹である亡野口タミの長男たる相手方野口強および妻である相手方田村志乃の三名であつた。ところが、前記田村清が昭和三八年六月六日に死亡したので同人につき相続が開始し、右清の妻である申立人田村雪およびいずれも右清と雪との間の嫡出子たるその他の申立人ら五名の者が相続した。前記被相続人寿の遺産は別紙第一目録に記載の物件のほか、同目録の(3)に記載の普通預金中の金五〇万円である。また相手方志乃が別紙第一目録の(1)の土地および(2)の家屋に従前より被相続人とともに居住し引続き今日におよんでいる事実は認めるが、それは単に事実上居住使用しているにとどまり、何ら正当な居住使用の権原にもとづくものではなく、被相続人が右土地家屋を適法に居住使用した権利についても共同相続人たる本件当事者がそれぞれの相続分に応じて相続しているのであるから、相手方志乃の右居住使用の事実を遺産たる土地家屋の評価に際し斟酌することは許されないところである。本件遺産の分割については、共同相続人たる申立人らおよび相手方らの間で協議したが、協議が調わないので、これが分割を請求するため、本申立におよんだ。

(当裁判所の認定した事実と判断)

一、共同相続人とその法定相続分

被相続人田村寿が昭和三八年三月二八日に死亡したため相続が開始し、(イ)その妻である相手方田村志乃、(ロ)その妹である亡野口タミ(大正一〇年五月六日死亡)の長男たる相手方野口強および(ハ)その弟である田村清の三名が共同相続したが、その後右田村清が昭和三八年六月六日に死亡したため、同人の妻たる申立人田村雪、右両名の間の長女たる申立人田村花子、長男たる申立人田村一男、二女たる申立人川村昌子、二男たる申立人田村昭男、三男たる田村弘が前記清の相続人たる地位をさらに相続したため、申立人ら六名および相手方二名が被相続人寿についての共同相続人であることが本件記録に編綴してある戸籍謄本、除籍謄本の各記載および当裁判所の調査の結果によつて認められる。

したがつて、前記共同相続人の法定相続分は、(イ)相手方志乃が三分の二、(ロ)相手方強が六分の一、(ハ)申立人雪が一八分の一、(ニ)その他の申立人がそれぞれ四五分の一となることは、前示認定にかかる本件当事者の被相続人との身分関係、民法所定の法定相続分の割合にかんがみ、計数上明らかである。

二、遺産の範囲とその使用・管理の状況

当裁判所の事実調査の結果によると、分割の対象となる遺産の範囲は別紙第一目録に記載のとおりであり、右遺産のうち、(1)の土地はもと他人の所有であつたが、これを借受け昭和初年頃その地上に家屋を建築し、被相続人と相手方志乃の夫婦が居住使用していたが、被相続人がこれを買受け、昭和二六年八月一六日その旨の所有権移転登記を経由したこと、(2)の家屋は右土地の上に昭和の初期に建築し、昭和六年二月一九日保存登記を経由したが、その後増改築し今日におよんでいること、相手方志乃は右家屋の建築当時より被相続人とともに居住を継続し、ことに被相続人死亡後は右相手方が単独で居住使用していること、(3)の普通預金の通帳および(4)の定期預金の証書はいずれも相手方志乃の法定代理人・後見人本山良男がこれを保管していること、(5)の電話加入権については前記(2)の建物に電話機が架設され使用に供されていることが認められる。

申立人らは、前示認定にかかる遺産のほか(3)の普通預金と同一の被相続人寿名義の預金口座に預けられている金五〇万円も遺産の一部であると主張し、相手方志乃は右五〇万円は自己の固有財産であると抗争する。よつて審案するに、大石敏男、山本美男の各作成にかかる上申書、東京地方貯金局発行にかかる振替貯金利子組入通知書、○○銀行○○支店発行の被相続人名義の普通預金通帳および当庁昭和三九年(家)第三二〇四号、同第三二〇五号禁治産宣告、後見人選任事件記録中における家庭裁判所調査官作成の調査報告書ならびに当裁判所の山本美男、大石敏男に対する各審問の結果を総合すると、○○銀行○○支店における被相続人名義の普通預金口座中に遺産たる別紙第一目録の(3)に記載の預金とともに金五〇万円が昭和三五年六月一一日に預入されていること、相手方志乃は明治四四年四月○○○○大学校附属高等女学校の英語担当の教諭を拝命して以来その職にあり、戦後病気のため三月余その職を離れたことがあつたが、昭和二一年四月には同じ職場に復帰し、ことに昭和二四年一二月には○○○○大学附属高等学校主事に就任し、同三五年三月老齢のため退職するまでその職にあつたこと、右退職当時前記高等学校PTA会長の職にあつた大石敏男が永年にわたる相手方志乃の労を慰めるため関係各方面に拠金を募つたところ、総額五〇余万円が集つたので、昭和三五年六月上旬大石敏男自身が相手方志乃方に訪れ、同人に対しこれを贈呈したこと、他方被相続人は長年にわたつて郵政省(もと逓信省)に勤務し郵便切手、スタンプの図案などを描いていたが、昭和三三年七月頃退職し、以来社会的には格別為すところのない生活をつづけていたため、昭和三五年前後には取りたてるほどの収入がなく、主として相手方志乃の収入などに依存する生活をしていたこと、相手方志乃は退職と同時に相当多額の退職金を受領し、その他にも各方面から金員の贈与があつたりなどした関係上、これを分散して保管したいと考え、昭和三五年六月一一日前記のとおり大石敏男より受領した金員のうち五〇万円を同居中の雇人山本美男に命じて、前示被相続人加入名義の普通預金口座に預入させたこと、被相続人の死亡後相手方志乃において相続税の申告をした際、税務当局に叙上の事情を述べたところ、これを諒承され、右五〇万円は相続財産の対象から除外する旨の認定を受けたことが認められる。以上認定の事実によれば、前記五〇万円の金員は、遺産であるかのような形式を有するが、相手方志乃の固有財産たる実質を有するものであるとみるべきであるから、これを分割の対象とすることはできない。したがつて、申立人らの前記主張は採用のかぎりでない。

三、遺産の評価

(イ)  まず別紙第一目録のうち、(1)の土地および(2)の家屋の価額についてみるに、鑑定人内藤嘉重郎の鑑定の結果(昭和三八年一一月二六日付および同三九年一二月一一日付の各鑑定書参照)によれば、右土地および家屋につき何ら妨げとなるべきものが付帯していない場合(何人も居住使用しない空地空屋として、これを取得した者にただちに引渡しうる状況にあるとき)における純客観的評価額が土地一、七四七万円、家屋六七万七、〇〇〇円合計一、八一四万七、〇〇〇円であることが認められる。

ところで、前に認定したとおり本件土地家屋には相続人の一人である相手方志乃が被相続人とともに長年にわたつて居住使用し今日におよんでいるが、このような右相手方の居住使用についての合法性の基礎がその所有者にして夫である被相続人の死亡によつて一挙に奪われ、以後何らの使用権原のない(もしくはその相続分に対応する範囲内でのみ適法とされる)事実上の居住使用になるものとは考えられない。このことは、居住家屋の賃借権につき相続開始前よりの居住者たる相続人の一部または内縁の妻が引続き居住使用を継続することが是認され、あるいは内縁の夫の死亡後その所有家屋に居住する内縁の妻に対して亡夫の相続人の家屋明渡請求が権利の濫用として排斥される場合があること(最高裁判所昭和三九年一〇月一三日第三小法廷判決参照)などからみて、同様な法理が被相続人の所有する土地家屋に引続き居住使用する相続人の一部などについても妥当するといわねばならない。すなわち、従前より遺産たる土地家屋を被相続人とともに居住使用していた相続人の一部につき、その居住を継続すべき正当性の認められるかぎり(借家法一条の二参照)、他の共同相続人が相続によつて被相続人の地位を承継したという理由だけでその居住使用を侵すことは許されないし、かりにその遺産が分割の結果居住使用者以外の共同相続人の一部の者の所有に帰した場合においても異なるところはないから、従前より遺産たる土地家屋の居住使用を継続する相続人の一部についてはその地位を保護される特殊な利益が認められる結果になると解すべきである。

当裁判所の調査の結果によると、本件土地家屋に居住使用している相手方志乃には他に居住すべき土地家屋がなく、これが唯一の生活の本拠であり、引続きこれに居住使用すべき必要性の現存することが認められ、他方、他の共同相続人たる申立人らおよび相手方強はそれぞれ一応安定した住居を有しており、今ただちに右土地家屋に居住使用すべき差し迫つた必要性のあることが認められない。してみれば、本件土地家屋には相手方志乃が引続き居住使用すべき正当性が認められ、その地位を保護される特殊な利益が付帯しているのであるから、その評価に際しては、当然これを考慮しなければならない。

よつて進んで、相手方志乃の本件土地家屋に居住使用しうる利益の価額の算定方法について考えてみるに、右の土地家屋より生ずる純収益額を資本還元した収益額と右土地家屋の純客観的評価額との差額をもつて前示利益の価額と解するのが相当である。前示鑑定人の鑑定の結果および当裁判所の調査の結果を総合すると、本件土地家屋を現況のもとで第三者に賃貸すると、付近住宅地その他の環境における実例および家屋の規模などからみて、賃貸料を年額一〇二万円(月額八万五、〇〇〇円)とみるのが妥当であり、これに右土地家屋の維持管理に要する経費として、土地に対する公課一万三、一〇〇円、家屋に対する公課六、六〇〇円、火災保険料二、〇〇〇円、家屋の償却費六万〇、九〇〇円、維持修繕費一万三、五四〇円、以上合計九万六、二〇〇円を前記賃貸料より控除すれば純収益額は九二万三、八〇〇円となり、これを付近地の不動産取引の情勢および物件規模などから検討し妥当と認められる利率七・五%を資本還元すれば、その収益額が一、二三一万七、三〇〇円(一〇〇円以下切捨)となることが認められる。したがつて、本件土地家屋の純客観的評価額一、八一四万七、〇〇〇円から右収益額一、二三一万七、三〇〇円を控除した金五八二万九、七〇〇円が相手方志乃において本件土地家屋に居住使用を継続しうる利益の評価額であり、右土地家屋の評価額は右収益額たる金一、二三一万七、三〇〇円とみるのが相当である。

(ロ)  つぎに当裁判所の調査の結果によると、別紙第一目録のうち(3)の普通預金の預金額は金三万一、四五五円であり、(4)の定期預金の金額は総計九〇万円であり、(5)の電話加入権の売買価額は金五万五、〇〇〇円である(当裁判所調査官平山貢の昭和四〇年四月五日付調査報告書参照)ことが認められる。

(ハ)  したがつて、本件遺産の評価額は総計一、三三〇万三、七五五円である。

四、各相続人の職業、生活状況など

当裁判所の事実調査の結果および当庁昭和三九年(家)第三二〇四号、同第三二〇五号事件記録によると、以下の事実が認められる。

(イ)  申立人雪(明治三九年一一月六日生)は、被相続人寿の弟田村清と昭和初年に婚姻し以来夫婦生活を続けていたが、前示のとおり夫清が昭和三八年六月六日死亡した。別段の職業はなく、長女の申立人花子、二男の申立人昭男、三男の申立人弘とともに肩書住所に同居している。

(ロ)  申立人花子(昭和二年一〇月一一日生)は、○○大附属高女を卒業した後、○○証券株式会社に約一二年間勤務し今日におよんでおり、月収平均二万二、〇〇〇円を得ている。

(ハ)  申立人一男(昭和五年三月三一日生)は、昭和三六年南米ブラジル共和国に赴き、今日まで引続き滞在しており、同地の○○○産業組合に勤務している。

(ニ)  申立人昭男(昭和一五年一一月二三日生)は、昭和三八年三月○○○○大学を卒業し、中学の音楽講師の職にあり、月収約一万五、〇〇〇円を得ているが、兄一男の招きにより、ブラジル国に赴きたい希望をもつている。

(ホ)  申立人弘(昭和二一年一〇月二八日生)は、昭和四〇年三月高等学校を卒業し、大学進学を希望している。

(ヘ)  申立人昌子(昭和九年一一月二三日生)は、昭和三二年一一月○○証券セールスマンの川村邦男と婚姻し、別段職業をもたず、夫との間に生れた長男の養育にあたつている。

(ト)  相手方志乃(明治一八年二月八日生)は、前示のとおり長年にわたつて勤続した○○○○大附属高校を昭和三五年三月退職し、夫寿および昭和二七年頃に雇入れた山本美男と肩書住所に居住してきた。夫寿の死亡後とくに昭和三九年四月頃心神ともに著しく衰弱したため入院静養につとめ、現在精神研究所○○病院に入院中であるが、心神喪失の状態にあるため、昭和三九年一二月一五日当裁判所で禁治産が宣告され、本山良男がその後見人に選任されている。

(チ)  相手方強(大正六年一月四日生)は、○○高商貿易別科を卒業した後、各会社に勤務したり、軍務に服したりなどしたうえ、昭和二八年一一月より宇部市内の○○運送株式会社に勤務し、月収約三万円を得ており、家族として妻および子三人があるため、生活は必ずしも容易ではない。

五、各相続人の取得する遺産と審判費用の負担

当裁判所は、以上に認定した遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮した結果、別紙第一目録に記載の遺産全部を相手方志乃に単独で取得させ、その他の相続人たる申立人らおよび相手方強に対しては、相手方志乃において右のとおり遺産全部を取得する代償として、遺産評価総額に各人の法定相続分を乗じて得た主文第二項に記載の金員(一〇〇円以下切捨)を支払わせることとし、また審判費用のうち別紙第二目録に記載の鑑定料にかぎり、申立人らおよび相手方らにおいて各自の法定相続分に応じて負担させ、その余は各自平等の割合によつて負担させることとする。

よつて主文のとおり審判する。

(家事裁判官 岡垣学)

(目録省略)

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